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「ストーマ」と飲食店。パリコレに挑む小菅キャスリン綾子さんを応援します

「ストーマ」と飲食店。パリコレに挑む小菅キャスリン綾子さんを応援します

2026年9月6日、土曜日の午後。私は都内のギャラリーで開かれた「STOMA Néo-ART Talk Event」というトークイベントに参加してきました。主催は、一般社団法人日本福祉医療ファッション協会です。

正直に申し上げます。私はこのイベントに行く前、「ストーマ」という言葉の意味を、ちゃんと説明できませんでした。

飲食業界を支援する会社をやっている私が、なぜそんな場所にいたのか。そして、なぜ帰り道に「これは、うちの仕事そのものだ」と思ったのか。今日はそれを書きます。

開演前の会場。スクリーンには「STOMA Néo-ART Talk Event」の文字、壁には小菅キャスリン綾子さんの写真パネルが並んでいました
開演前の会場。スクリーンには「STOMA Néo-ART Talk Event」の文字、壁には小菅キャスリン綾子さんの写真パネルが並んでいました

会場に入って、まず空気が良かった。医療の勉強会にありがちな、しんとした重さがまったくないのです。壁には大きな写真パネル。その前で来場者の方々が笑って話している。「これから重い話を聞くぞ」と身構えて行った自分が、少し恥ずかしくなりました。

目次

登壇されたのは、この三人の方でした

登壇された小菅キャスリン綾子さん、平林景さん、矢野雷太先生。スクリーンには小菅さんのプロフィールが映されていました
登壇された小菅キャスリン綾子さん、平林景さん、矢野雷太先生。スクリーンには小菅さんのプロフィールが映されていました

矢野雷太先生。Stoma Néo-ART Project のプロジェクトリーダーで、広島記念病院の消化器外科医長。外科専門医、大腸肛門病専門医、ストーマ認定士。そして肩書きの最後に「うんコメンテーター®」とあります。これ、商標登録されているそうです。「勝手に使わないでくださいね」と笑っておられました😊

平林景さん。同協会の代表理事で、トータルファッションプロデューサー。株式会社KEI’s STYLE の代表取締役であり、四條畷学園大学の客員教授でもあります。

小菅キャスリン綾子さん。Stoma Néo-ART Project のモデルで、株式会社Only One の代表取締役。海外生活は約30年、Miss Asia USA の日本代表に二度選ばれたモデル・起業家です。そして今、ステージ4の大腸がんと向き合いながら、10月6日のパリでのショーに立とうとされています。

当日の二時間は、こういう組み立てでした。

時刻 内容
13:00 オープニングと登壇者の紹介
13:15 パネル1 ストーマに関する社会問題
13:40 パネル2 ストーマとファッションで魅せる世界
14:05 休憩
14:15 クラウドファンディングのご案内
14:20 パネル3 パリコレに期待するこれからの社会
14:45 事前質問にお答えします
14:55 クロージング

社会問題から入って、ファッションの話に移り、最後に未来の話で締める。「知らない人を、知っている人にする」ための順番が、はっきり設計されていました。私は仕事柄、こういう構成を見るとつい感心してしまいます。

「ストーマ」という言葉を、あなたは知っていますか

最初のセッションのテーマは、社会問題でした。

ストーマとは、手術によってお腹に作られる、便や尿の新しい出口のことです。「人工肛門」という言葉なら聞いたことがある、という方は多いと思います。私もそうでした。ただ、言葉を知っていることと、中身を知っていることは、まったく別なのだと、この日に思い知りました。

登壇者ご自身が、こう打ち明けておられたのが印象的でした。金具のようなものが付いていて、そこから出るのだと思っていた。お尻に付けるものだと思っていた——この活動を引っ張っておられる方でさえ、始める前はそうだったのです。

そして、ここからが本題でした。

知らないから、悪意なく排除が起きる。

災害のあと、避難所で受け入れを断られた方がいらっしゃるという話も伺いました。矢野先生は「自分が現地にいたわけではないので」と留保をつけながら、それでもこうおっしゃいました。断った側に悪意があったとは思えない。知らないから、責任を持って受け入れますと言えなかっただけではないか、と。

私はこれを聞いて、飲食店の予約電話を思い浮かべました。断りたくて断っているお店は、ほとんどないのです。わからないから、自信を持って「大丈夫です」と言えない。それだけのことで、お客さまは来られなくなる。

では、私たちは何を勉強すればいいのか。矢野先生の答えは、拍子抜けするほど軽いものでした。

「単語だけでも知っている人が増えることが、すごく重要なんです」

全部を理解する必要はない。「何かお手伝いできることはありますか」「困ったら言ってくださいね」。それで十分だと。知らない言葉を突然言われたら、手を出していいのかどうかが怖くなる。その心情は悪意なく生まれるものだから、まず単語を届けたい、というお話でした。

矢野先生は7年間、病院の外のカフェで医療のイベントを続けておられます。ストーマをテーマにした回のタイトルは「お腹に秘密がある」。タイトルにストーマと入れた瞬間、関心のある人しか来なくなるからだそうです。7年続ける、というところに、私は静かに感服しました。

「なったことがないのに、どうしてこの表情ができるのか」——映画『平場の月』の話

会場で、こんなやりとりがありました。小説や映画に、オストメイトが登場する作品はあるのか、という問いです。

そこで挙がったのが、映画『平場の月』でした。朝倉かすみさんの同名小説が原作で、2025年公開。主演は堺雅人さんと井川遥さんです。井川さんが演じられたのが、大腸がんの手術でストーマになる女性でした。

登壇者の言葉です。

「なったことがないのに、どうしてこういう表情ができるのかと思いました。すごく複雑な表情をされている」

あとで調べたところ、井川さんは役作りのために実際に患者さんと対話を重ねられ、ストーマの監修は看護師さんが担当されたそうです。あの表情は、そうやって作られていた。

作品そのものの話も、印象に残りました。

「基本は50前後の恋愛の話なんです。この世代なら、病気になったり、親が認知症になったり、いろんなことが起きるじゃないですか。そのリアルな描写の中に、ストーマがある」

私が唸ったのは、ここでした。ストーマが「テーマ」になっている作品ではない。 五十歳前後の男女の恋愛という、誰にでも身に覚えのある話の中に、当たり前の生活の一部として置かれている。啓発でも、お涙頂戴でもない。ただ、そこにある。

会場からは、こんな声が続きました。

「私は見て、感激しました。本当に良かった」

「あれで認知度がだいぶ広まったと思います。テレビや映画の力はすごい」

そして、いちばん重かったのがこの一言です。

「ストーマがあると言っていいのか悪いのか、という空気が、まだあったんです。それが変わってきた」

言っていいのか悪いのか。この「空気」を作っているのは、法律でも制度でもありません。私たちです。何も知らない、悪気のない、私のような人間が、大勢集まってその空気を作っている。だからこそ、映画一本で空気が動くのだと思いました。

この記事を書き終えたら、私もあらためて観るつもりです。そしてこれを読んでくださっている飲食店の経営者のあなたにも、まず一本、これを観てみてくださいとお伝えしたい。勉強会に出るより、資料を読むより、たぶん早いです。二時間で、あなたのお店の空気が少し変わります。

もうひとつ、この日いちばん覚えて帰った言葉

「ストーマがあること自体は、病気ではありません」

病気や怪我が原因でストーマになる。けれど、治療を終えて、ストーマと共に生活しておられる方もたくさんいる。ストーマがある=闘病中、ではないのです。ここを取り違えていたのは、私です。

パウチが主役で、服はあとから

二つ目のセッションは、パリで披露される衣装の話でした。事前に撮影されたコレクションの写真がスクリーンに映るたび、会場から小さなどよめきが起きます。

ここで、私が今回いちばん驚いた話を書きます。

衣装を先に作って、それに合わせてパウチをデザインしているのではないのです。順番が逆でした。 先にパウチをデザインし、そのパウチに合わせて衣装を作っている。

平林さんの言葉です。

「今回はパウチが主役なんです。服は、あくまでその人を輝かせるためのものなので」

ファッションブランドは服が主役で、その服に合うモデルを選ぶ。今回はまったく逆でした。私はここで、これは服の話ではないな、と理解しました。

使われているのは、西陣織、京友禅、そして金箔。西陣織のなかでも、生地そのものに模様が浮き上がってくる技法だそうです。金箔を押したパウチは、さすがに量産できるものではありません。「ショーのための、夢のあるもの」と説明されていました。

不思議なのは、超一流の伝統工芸の職人さんたちが、なぜ参加してくださるのか。平林さんも同じ疑問を持って直接聞いたそうです。返ってきた答えは、

「面白そうだから」「社会が変わることに、ワクワクするから」

課題感でも使命感でもなく、ワクワク。この一言で人が動くのだとしたら、経営者としても学ぶところが大きい。

そして、この考え方の根っこは、前年に行われた「おむつ」のファッションショーにあるそうです。白いおむつを履くのが恥ずかしい、という声がある。でもそれは、おむつが悪いのではなく、選べるデザインがないから起きている問題ではないか、と。もし下着よりおしゃれなおむつが出てきたら、どちらを選びますか——会場は笑いに包まれましたが、笑いながら、全員が納得していました。

矢野先生の一言が効きました。

「『選べる』というのは、選択肢があって初めて生まれるものですから」

パウチはメーカーごとに機能が本当によく考えられていて、そこは信頼できる。けれど、色や柄の選択肢がない。色が出始めただけで、急にカタログを見る患者さんが出てくるのだそうです。広島の球団のパウチが出たら、広島の人は絶対に買う。そして、買ってタンスに置いてある時点から、もう生活が変わっている——このくだりは、飲食店のメニューづくりの話としても、そのまま通用すると思いました。

「選べる」は、きれいごとで終わっていない

ここからの話が、私にはいちばん実務的に響きました。

前年のおむつのファッションショーのあと、実際に社会が動いたそうです。おむつメーカーとドラッグストアが組んで、カラーおむつがドラッグストアで初めて販売される——そういう動きが出てきた。会社名は伏せますが、ランウェイの上の話が、店頭という現実の売り場まで降りてきたということです。

登壇者の言葉です。

「メーカーさんは、ビジネスにつながらないと、なかなか動けません。でも逆に、ビジネスにつながるアイデアや未来を共有できれば、しっかり協力してくださるんです」

そして、こう続きました。本当に社会を変えようと思ったら、メーカーが入ってこない限り、当事者の手元にはものが届かない。自分たちは物を作らないのだから、作り手が並列で入ってくれることが決定的に大事なのだ、と。

だから今回も、パウチメーカー6社が並んで参加されているそうです。普段はライバル同士の会社が、6社。前年のおむつのときも、メーカー7社が横並びで参加したといいます。「うちは一社と組みます」ではなく、業界ごと連れてくる。

私はこれを聞いて、自分の仕事を思い出していました。飲食店で新しいことを始めるとき、一店舗の努力だけでやろうとすると、たいてい続きません。続くのは、取引先や仕入れ先の担当者が「それ面白いですね」と言って、一緒に前に出てきてくれたときです。理念に共感してもらうより先に、「これが売れる未来」を一緒に見てもらう。 順番はそっちでした。

なお、パウチそのものをデザインしてファッションショーをする例は、登壇者が調べた限りでは他に見当たらなかった、とのことでした。

小菅キャスリン綾子さんの挑戦

休憩のあと、小菅さんご本人から、挑戦中のクラウドファンディングについてお話がありました。

マイクを持つ小菅キャスリン綾子さん。スクリーンにはクラウドファンディングの案内が映されていました
マイクを持つ小菅キャスリン綾子さん。スクリーンにはクラウドファンディングの案内が映されていました

小菅さんは、手術のあと、知らないうちにストーマになっていたそうです。2日間、泣き崩れて落ち込んだ時期があった、と。そこから前を向けたのは、同じプロジェクトのモデルであるオストメイトの方に心を強く動かされたからだといいます。「私もまた、輝ける世界を見つけた」。だからこそ恩返しがしたい、と話されていました。

登壇者の説明では、永続的にストーマとともに生活されている方は日本で約22万人。一時的な方も含めると45万人以上。世界では300万人以上にのぼるそうです。そのなかには、この先の人生をどうしたらいいかわからず、ふさぎ込んでしまう方、絶望してしまう方もいる。

その方たちに向けて、小菅さんはこう言い切られました。

「オストメイトだから何? それがいいじゃん、と言えるくらいに、世界を変えたい」

治療は正直に言って大変だ、ということも、隠さずに話されました。そのうえで、この挑戦のチャンスをもらえたことに感謝している、と。そして、

「夢を叶えてほしい、というより、一緒に叶えたいんです」

私はこの言い方に、いちばん胸を打たれました。「応援してください」ではなく「一緒に」。当日の案内には、ご本人の言葉でこう書かれています。

夢は、病気になっても終わらない。いつだって、輝くことができる。

小菅さんのクラウドファンディングは、こちらです。ご支援いただいたお金は、継続的な治療費・定期検査・薬代、ストーマ用品や医療機器、そしてパリ公演に伴う渡航費・滞在費に使われるとのことです。

ステージ4の癌と闘う娘を、パリのランウェイに立たせてあげてください!(whydonate)

ご本人の言葉を借りれば、「支援すること、知ってもらうこと、誰かに届けること。どのような形の応援も、私の力になります」。金額の話だけではないのです。ここまで読んでくださったあなたは、もう「知ってもらう」を果たしてくださっています。

ファッションショーは入口。本命は11月3日の安田講堂です

三つ目のセッションで、私の中の「なるほど」が一番大きく鳴りました。

平林さんが、はっきりこう言われたのです。

「ファッションショーを見せたいわけじゃないんですよ。本命は、11月にやるシンポジウムのほうです」

11月3日、東京大学の安田講堂で「STOMA Néo-ART Symposium 2026」が開かれます。ただ、シンポジウムだけを告知しても、人は集まらない。集まるのは、もともと関心がある人だけ。だから、まったく関心のない人が「ストーマのファッションショー? ちょっと見てみたい」と思えるくらいの、軽い入口をつくる。それがパリなのだ、と。

「僕ら、物を売らないので」

物を売らないから、「へえ」で終わらせてはいけない。関心を持ってくださった方に、もっと知ってもらう場を用意しないといけない。入口と出口が両方ないと成立しない、という設計の話でした。

なぜパリなのか、という問いへの答えも明快でした。近くの公民館でやるのも良いイベントだと思う。でも、いちばん破壊力があるのはどこかと考えたらパリだった。世界中からファッション関係者が集まる時期だから、と。

「あなたは『ストーマ』という言葉を知っていますか?」——主催者からのメッセージ

当日の案内に、主催者の方が書かれた文章が載っていました。表題が、そのまま「あなたは『ストーマ』という言葉を知っていますか?」。会場でこれを読んで、私は少し姿勢を正しました。要旨をご紹介します。

ストーマは、生まれながらに持っているものではありません。病気や事故をきっかけに、手術で新しく作るもの。生きるための、そして安心して外出や食事を楽しむための「選択」なのだ、と書かれていました。

病院の中では、オストメイトは当たり前の存在として受け入れられている。けれどオストメイトは、私たちと同じ社会を生きる生活者でもあります。街を歩き、誰かと出会い、家族や恋人と食事を楽しむ。その当たり前の日常のために、人知れず不便と闘い、ときには偏見とも闘っている。

服を着ていれば分かりません。だから、すれ違う人は「共に暮らしている」ことを忘れてしまう。ストーマを見たこともないのに、偏見だけを持っている人もいる。

そして、ここが私にはいちばん刺さりました。病気や事故をきっかけに、誰もが突然、当事者になる可能性がある。 しかも、偏見を持っていた人ほど、自分自身の「生きるための選択」を受け入れることに苦しむのだそうです。それを本人の自己責任として責めるのではなく、偏見を持たせてしまった社会の側を変えていくアプローチが重要だ、と。

このプロジェクトの本質は、オストメイトに限った話ではないとも書かれていました。偏見を気にして、人目を避けるように生きているすべての人へ。そして、未来の当事者であるすべての自分たちへ。自分らしさを承認するための、希望のメッセージなのだ、と。

締めの一行が、これでした。

新しい身体で生きることを選択したオストメイトが、鼻歌まじりに服を選んで、日常を謳歌できる世の中へ。誰もがオシャレを楽しめる世界へ。

「鼻歌まじりに服を選んで」。ここを読んで、私は完全に納得しました。目指しているのは、悲壮な社会運動ではなくて、鼻歌なんです。この一行を書ける人たちが、パリに行く。

パリ、そしてルーブル

パリ公演は2026年10月6日。会場は、パリ16区のポーランド科学アカデミー科学センター(Centre Scientifique de l’Académie Polonaise des Sciences)です。テーマは「隠すもの」から「魅せるアート」へ。英語表記は Traditional Crafts meet Medical Fashion——日本の伝統工芸が、医療のファッションと出会う、という意味になります。西陣織と京友禅と金箔が、パウチの上でパリに行くわけです。

さらに10月23日から25日には、ルーブル美術館の地下広場でのアート展示も決まったそうです(予定として伺いました)。あのガラスのピラミッドの真下です。

どうやって決まったのかを聞いたら、平林さんはこう笑っていました。

「バカだと思われても、言いまくってるんです。そうすると、誰かが繋いでくれる」

まっすぐ正面から行っても相手にされない。でも、やりたいと言い続けているだけなら、実現しなくても誰にも怒られない。むしろ褒められるくらいだ、と。……これは経営者として、耳に痛いくらい正しい話でした。

もうひとつ、平林さんの言葉で忘れられないものがあります。

「ハンディキャップがあってもおしゃれできる、ではないんです。ハンディキャップがあるからこそ、一番かっこいい。そこを狙いたい」

パウチをつけていないと最先端のおしゃれにいけない、というくらいまで振り切りたい。弱者じゃない、ヒーローなんだ、と。

ちなみに平林さんは、この活動から報酬を一切取っていないそうです。「これは部活なので」。そして「一番興奮するのは当日の夜。次の日、世界がどう変わっているか想像できないから」。原動力は好奇心なのだ、と繰り返しておられました。

飲食店にできること——私が帰り道に考えたこと

さて、ここからが、この記事を書いている本当の理由です。

三つ目のセッションで、矢野先生がこう話されました。

「バリアフリートイレじゃなくても、普通の個室にオストメイト対応の便座があるだけで、食事に行きやすくなるんです。前が広くなっている便座があって」

そして、続けてこう言われました。

「これを知った飲食店の方は、『うちのトイレの便座を変えようか』となるかもしれない。でも、知らなかったら絶対に起きないことなんです」

私は、この一文のために今日ここに来たのだと思いました。

誰かのために置いたものが、誰かの障害になっている

そのすぐあとに、矢野先生がされた話が、また効きました。

前日、大阪の学会に出ておられて、車椅子の方と一緒に「社会参加」をテーマにしたセッションに登壇されたそうです。その打ち合わせのあと、一緒に移動していて、初めて気づいたことがある、と。

点字ブロックです。

目の不自由な方に道を伝えるために敷かれているもの。その段差が、車椅子の方にとっての障害になっている。

「誰かのためにと思ったものが、誰かの障害になっている。どっちも悪気がないんです。誰も悪気がないのに、こういうことが起きる」

では、なくせばいいのか。なくしたら今度は、目の弱い方が困る。だから、どちらかが一方的に主張するのではなく、みんなで話し合うことが重要なのだ、と。そして、

「いろんな人と一緒に生活していると、気づくことがあるんです」

私はこれを、そのまま飲食店の話として聞いていました。

入口の一段。通路に出したメニュー看板。良かれと思って置いた観葉植物。滑らないようにと敷いたマット。全部、誰かのために置いたものです。 そして、そのうちのいくつかは、確実に誰かの障害になっている。悪気は、一切ありません。

厄介なのは、悪気がないぶん、自分では気づけないということです。図面を眺めても、ネットの記事を読んでも出てきません。矢野先生も、車椅子の方と「一緒に歩いて初めて」気づかれた。それしかないのだと思います。

だから、ひとつだけ提案させてください。あなたのお店の入口からトイレまでを、一度、お客さまの誰かと一緒に歩いてみてください。 できれば、あなたと違う体の条件を持った方と。その十歩か二十歩で、たぶん、改装工事より価値のあることが見つかります。

「知った飲食店」を増やすのが、私の仕事です

私は外食産業を支援する会社をやっています。お客さまは飲食店です。トイレの話も、メニューの話も、予約時のひと言の話も、全部うちの守備範囲です。つまり「知った飲食店なら変えるかもしれない」の「知った飲食店」を増やすのは、私の仕事なのです。

会場でもうひとつ気づいたことがあります。ストーマと食事は、とても近いところにあるということです。何をどう食べるかは、毎日の暮らしに直結します。ただしこれは医療と地続きの話です。食事の工夫の具体的なことは、必ず主治医の先生や皮膚・排泄ケア認定看護師さんにご相談ください。ここで私が知ったふうなことを書くべきではありません。

そのうえで、飲食店側にできることは確かにあるはずだ、と思っています。

当社の理念は「美味しいを科学する」です。食を、感覚だけでなく成分や設計として捉え直すこと。メニューの表記を分かりやすくすること。素材や調理法を、聞かれる前に開示できる状態にしておくこと。そして、トイレの一室を少し見直すこと。

「美味しいを科学する」でオストメイトの方を応援できないか。 これが、この日に持ち帰った宿題です。まだ答えは出ていません。ただ、「知らなかったから起きなかった」を自分の会社で放置するのは、さすがに格好が悪いと思っています。

矢野先生は、こんな指摘もされていました。医学の学会には、ストーマそのものの話はたくさんあるけれど、「生活者としてのオストメイト」を社会全体で考えるセッションは少ない。必要なのは「レストランに入りやすくする」という視点の話だ、と。

飲食店の経営者であるあなたに、これを届けたくて、私はこの記事を書いています。

「温泉に行けますか」——最後のQ&Aが良かった

最後は、事前にお寄せいただいた質問へのQ&Aでした。質問はこうです。

人目が気になって外出が怖くなったり、温泉や旅行などの趣味を諦めてしまったりするオストメイトは多いです。人目を気にせず一歩を踏み出すために、アドバイスをください。

小菅さんの答えが、とても良かった。

名古屋のホテルに温泉があったので、朝いちばんなら誰もいないだろうと思って、思い切って入ってみたそうです。結果は——「全然いけたんです。自分がビビっていただけだった」

小さいことから安心感を得る。それが自信になって、次はあそこに行こう、となる。世界が広がる。そして、自分からオープンに言ってしまうと、周りの態度は何も変わらなかった、とも話されていました。気は使ってくださるけれど、オーバーに「かわいそう」と言われることはなかった、と。

平林さんの答えは、完全に笑いを取りにいっていました。仲のいい友達も一緒にパウチをつけて温泉に入ればいい、一人の負担がだいぶ減るでしょう、と。赤信号、みんなで渡れば。会場が沸きました。

矢野先生の答えは実務的でした。生活の工夫の情報は、各パウチメーカーが出している冊子やWebサイトが本当に参考になる、と。先輩のオストメイトの方の工夫が載っていて、そこに認定看護師さんのコメントが付いている。一方、本屋さんには医療者向けの本ばかりで、退院したあとの生活の工夫を書いた本はなかなか見つからない。病院の中にいると、この視点は見えないのだそうです。

そして、こう締められました。工夫で乗り越える考え方(医療モデル)と、社会の側を変える考え方(社会モデル)。「温泉を諦める」というこの一言には、その両方が入っている、と。

いい会でした。二時間、一度も時計を見ませんでした。

応援の方法——リンクをまとめておきます

最後に、私が今日持ち帰ったものを、そのままあなたにお渡しします。

1. 小菅キャスリン綾子さんのクラウドファンディング(実施中)
ステージ4の癌と闘う娘を、パリのランウェイに立たせてあげてください!(whydonate)
お母様の視点で書かれたページです。ご支援はもちろん、SNSでの拡散や、周りの方に伝えることも大きな力になる、と会場でも案内がありました。

2. Stoma Néo-ART Project 公式ページ
https://jwmf.jp/stoma-neo-art/

3. 一般社団法人日本福祉医療ファッション協会(JWMF)
https://jwmf.jp/
福祉・医療・ファッション・デザインの力を結び、障害や病気、排泄の悩み、身体の変化があっても、誰もが自分らしく暮らせる社会を目指しておられる団体です。当事者の声を起点に、医療・福祉関係者、企業、伝統工芸、クリエイターと協働されています。2025年には大阪・関西万博のEXPOホールで「O-MU-TSU WORLD EXPO 2025」を開催し、「着たいと思える、心おどる未来のおむつ」を発信。それに続くのが、今回の「STOMA Néo-ART Project」——「隠すもの」から「魅せるアート」へ、です。

4. STOMA Néo-ART Symposium 2026(2026年11月3日・東京大学 安田講堂)
https://jwmf.jp/2026symposium/
「本命はこっちです」と言われたシンポジウムです。

5. 協賛・お問い合わせ
https://jwmf.jp/contact/

6. CAMPFIREのクラウドファンディング(終了・達成)
https://camp-fire.jp/projects/950922/view
協会が実施していたパリ公演のためのプロジェクトです。2026年8月31日に終了し、目標300万円に対して3,239,111円を集めて達成されています。


小菅さんは、パリが終わったら何がしたいですかと聞かれて、「まず温泉に行きたい」と答えておられました。そして「ワクワクしかない」と。

10月6日、パリ。11月3日、安田講堂。

私も応援しています。 一緒に叶えたい、というあの言葉に、私も乗ります。

そして私は私の持ち場で、「知った飲食店」を一軒でも増やす仕事をします。トイレの便座を変えようか、と考えるお店が一軒でも増えたら、それは今日この場にいた意味があったということです。

㈱デリシャスノーツでは、飲食店さま向けに集客と店づくりのご相談をお受けしています。「オストメイトの方をはじめ、どなたにも来店しやすいお店にしたい」「トイレの設備やメニュー表記を、どう見直せばいいか一緒に考えてほしい」というご相談も、ぜひお寄せください。
ご相談はお問い合わせフォームよりお願いいたします。

「ストーマ」と飲食店。パリコレに挑む小菅キャスリン綾子さんを応援します

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